☆ 人口増加 ☆

井出薫

 世界人口は21世紀後半に100億人前後でピークを迎え、その後は減少すると予測する者がいる。すでに日本では人口は減少しており、大幅に移民を増やさなければ今後とも長期に亘って人口は減少する。人口増加は供給能力と需要を共に増やし経済成長を促す。日本の潜在成長率が低いと評価される理由の一つは人口減少にある。資本主義は投資がより多くの収益を生み出すところで初めて成立する。経済成長は資本主義の要であり、成長が止まれば資本主義は衰退する。かつての日本や中国、そして現在のインドでは人口が大きく増加し、それが経済成長に繋がっている。人口が減少しても労働生産性を上げることで資本主義を成長させることはできる。しかし労働生産性を上げることで供給能力は上がっても消費者の数が減少すれば需要の増加は期待できない。そのため日本では少子化対策の重要性と緊急性が叫ばれ、岸田前政権は異次元の少子化対策を公約に掲げた。

 しかし、人口は本当に減少に向かうのだろうか。人口増加のペースが高いのはアフリカだが、アフリカでは今でも乳幼児など児童の死亡率が高い。世界の中には依然として十分な食糧や病気から子どもたちを守るワクチンなど医療品が不足している貧しい地域がたくさんある。逆に言えば、貧しい国や地域の社会経済状況が好転し、それに伴い衛生、栄養、医療環境が改善すればアフリカなどを中心に途上国では人口増加のペースが加速される可能性がある。また先進国では少子化対策に多くの資金が投入されており今後も長期に亘り人口減少が続くとは限らない。途上国で人口増加が加速し先進国で人口減少が止まれば、世界人口の増加が止まることはない。それゆえ、21世紀中に世界人口がピークを迎えるという予測は確実なものではなく、むしろ人口増加が続くと見た方が無難であるように思われる。

 人口増加は資本主義の発展には望ましい。だが、世界人口が今の倍、160億人になったとして、全員に十分な生活環境を与えることが可能だろうか。増加率が2%になれば35年で、1%でも70年で人口は倍になる。21世紀の終わりには160億人に達していることも十分に考えられる。すでに地球上では人工物が総バイオマスを超えたという研究がある。科学技術の進歩、国際協力の進展などを考慮しても、160億人すべてに健康で文化的に最低限の暮らしを保証し同時に自然環境と調和した世界を実現することは困難に思われる。アマゾンの奥地など一部地域を除いて今や前人未到の地はなく開発は限界に近づいている。科学技術の進歩が問題を解決するなどと楽観することはできない。人間は他の生物と同じく情報空間ではなく、栄養を摂取し不要物を排出することで生命を維持する物理化学的空間に生きている。AIがいくら進歩しても、そのことに変わりはなく自然環境の制約を逃れることはできない。

 世界人口を100億程度で均衡させ維持しながら富の偏在を改善し公平で皆が安心して暮らせる世界を目指す必要がある。途上国は経済成長政策と同時に人口増加抑制策を取り、先進国は移民を積極的に受け入れ世界的な規模での富の再分配を強力に推進する。これにより目標実現が期待できる。しかしながら、このような政策が資本主義とは整合しない可能性がある。その場合、放棄すべきは資本主義であることは間違いない。現時点では資本主義は唯一の現実的な経済システムだが、別の道を速やかに考案する必要がある。


(2025/5/22記)


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