☆ 日米安保の行方 ☆

井出薫

 米国の大統領選はバイデン現大統領とトランプ前大統領の決戦になる公算が大きい。選挙まで9カ月近くあり予断は許さないが現時点での世論調査ではトランプがリードしている。トランプが大統領に復帰すると日米安保の見直しが進む可能性がある。

 米国が「日米安保条約は米国だけに防衛義務を課し日本には課していない。不平等で改正が必要だ。日本にも防衛義務を負ってもらう。認めないならば安保条約を解消する」と通告してきたら、日本はどうするだろうか。日米安保条約は一年前に通告するだけで、どちらからも解除できる。相手国の承認は必要としない。だから、日本としては通告に対して、米国側の要求を呑んで双務的な安保条約に改正するか、要求を拒否し条約が解消されることを黙認するか、最終的には選択肢はこの二つしかない。

 自民党は防衛費増額、米国支援の強化などを約束することで現行の条約を維持しようと試みる。だが、それを米国が拒否した場合はどうするか。おそらく双務的な条約に改正することに同意する。公明党は不本意ながら自民党に足並みを揃え、日本維新の会と国民民主党も改正に同意する。一方、日本共産党は改正を拒否し安保条約解消を要求する。どう出るか予想が付かないのが立憲民主党、れいわ新選組、社民党だ。安部政権時代、安部元首相は集団的自衛権を強引に合憲とし安保法制を成立させた。しかし、双務的つまり米国が攻撃を受けた時に日本が自国への攻撃と同等の防衛措置を取ることを義務付ける条約を合憲だと言い包めることはいくら何でも無理がある。基本的に護憲を主張する三党としては悩ましい問題となる。現行憲法を守りたい、しかし日米安保解消となったときに日本の安全保障をどうすればよいのか妙案がないと悩むことになる。

 日本は民主制国家であり、日本の安全保障という重大問題は国民一人一人が自分の問題として考える必要がある。そして世論が各政党の政策にも決定的な影響を与える。たとえば、双務的な条約への改正は日本が米国の戦争に巻き込まれることになるから反対、安保解消もやむなしという意見が世論の大勢になれば自民党や自民党に近い政党も改正反対、解消容認に態度が変わる可能性がある。逆に、日米安保は日本の安全保障に不可欠、改正を認めるべきという意見が大勢を占めれば、日本共産党以外の政党は改正に賛同することになろう。余りにも長い間、現行の日米安保が続いてきたこともあり、日本人はそれを所与の前提のようにみなしている。そのため安全保障問題を真摯に考えてこなかった。安全保障問題はもっぱら憲法論争の一環として抽象的・観念的に議論され、政府も米国からの強い要請があるたびに弥縫策で切り抜け本格的な議論は避けた。

 第二次世界大戦終了から来年で80年になる。日本敗戦時並びにその直後とは国内外の情勢は大きく変化している。いつまでも現行の日米安保を継続することはできないし、良いことでもない。トランプに限らず現行の日米安保に疑問を持つ米国人は多い。日本人の中にも、政治的立場に関わりなく片務的な条約で安全保障を担保しているために外交で対米追従を余儀なくされていると考える者は少なくない。また、日米安保条約は違憲であり解消する義務があると考える者もいる。いずれにしろ、中国の台頭などで世界における米国の力は相対的に落ちており、誰が大統領になっても世界の警察官を務めることはもはやできない。米国には強い経済と軍事力、高い科学技術力だけではなく資源や食糧が豊富に存在する。それゆえ、米国はそもそも外国に干渉する必要性が薄い。第二次世界大戦までは、外国からの干渉は許さないが外国にも干渉しないというモンロー主義が外交の伝統になっていた。トランプの米国第一主義を批判する日本人は多いが、トランプ外交は米国の伝統的外交への回帰とも言える。そして、トランプ以降もそれが継続する可能性は十分にある。日本に限らずどの国もいつまでも安全保障を米国に依存しているわけにはいかない。

 トランプが大統領に復帰しても、条約改正等には議会の承認が必要であり、ただちに日米安保改正あるいは解消ということにはならない。だが、米国の利益確保に不可欠と判断しない限りトランプは日本の防衛に消極的あるいは無関心であることは間違いない。そうなれば結果的に日米安保は日本にとって実質的な存在意義を失い基地負担だけが残る。日本は日米安保を所与の前提とすることなく、真摯に日本の安全保障のあるべき姿を考えなくてはならないときに来ている。ちなみに筆者は日米安保を解消し憲法に沿った非武装中立国家を目指すが、世界の現況を見る限り現時点ではそれが非現実であることを認めない訳にはいかない、それゆえ、理想と現実のギャップをどう埋めていくか、憲法改正問題と合わせて真摯に考えていく、というスタンスを取っている。ただし残念ながらギャップを埋める具体的なシナリオは考えついていない。


(2024/2/27記)


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