☆ 国と都は責任を自覚せよ ☆

井出薫

 外為法違反の容疑で大川原化工機の経営者三名が警視庁公安部により逮捕され、長期拘留を経て、東京地検に起訴された事件が冤罪だったことは明らかになっている。そして、冤罪被害者からの損害賠償請求訴訟に対して昨年12月、東京地裁は原告の主張を認め捜査の違法性を指摘、国と都に対して賠償を命じた。ところが、国と都はこれを不服として控訴した。正直、呆れ果てる。損害賠償訴訟の公判では証人に立った公安部の捜査官すら「捏造」と認めている。それでも、なお自らの責任を認めようとしない。

 本事件は、中国に輸出された同社の噴霧乾燥機が経産省の許可なしには輸出できない「生物兵器製造に転用可能な機器」に該当するという警視庁公安部の恣意的判断に基づき発生した。しかしながら、同社の機器が該当しないことはその仕様から、端から明白だった。嫌疑を掛けられただけでも大川原化工機としては青天の霹靂だったに違いない。監督官庁である経産省も警視庁公安部に対して規制対象とすることに疑義を唱えている。公安部内でも捜査に異論を唱える者がいた。ところが、法令の文言を都合の良いように拡大解釈して同機器を生物兵器製造に転用可能と断定し逮捕に踏み切り、否認する経営者たちを11カ月にも亘り拘留した。そのうち、一名は拘留中に癌が発見され、治療の甲斐なく死亡した。あらぬ疑いを掛けられなければ、癌がもっと早く発見され治癒した可能性がある。本人並びに遺族の無念はいかばかりであろうか。
(注)省令では「生物兵器製造に転用可能」の要件の一つに、「定置した状態で装置内を滅菌または殺菌できる」とある。滅菌は微生物が完全にゼロになることつまり無菌状態になることを意味する。ところが、お粗末なことに経産省は省令制定の際に殺菌の明確な定義をしていなかった。諸外国の慣例に倣うと、殺菌とは化学薬品を用いて有害な微生物の感染力をなくすことを意味する。同機器には滅菌の機能も、化学薬品を用いて殺菌する機能もない。ところが、公安部は殺菌の概念を勝手に拡大解釈し、方法を問わず装置内の一部の微生物を完全に死滅させることとみなし、実験を行い、ヒーターを用いて空焚きさせることで殺菌できることを証明したと主張した。だが、これは国際的な慣例に合致せず、そもそも、この実験自体が杜撰なもので再現性がなく、装置内に公安部が死滅させることができたとする微生物が残留することが明らかになっている。生物兵器製造には作業者が有害微生物に暴露しないことが絶対条件であり、同機器はそのような使用に全く適するものではなかった。要するに、本件は警視庁公安部による完全な捏造だった。それを鵜呑みにして起訴した東京地検はもちろん、省令制定時に殺菌概念を明確に定義していなかった経産省にも重大な責任がある。

 今、国と都がなすべきことは、賠償を命じた判決を不服として控訴することではなく、なぜ、このような冤罪が起きたのかをしっかり検証し、被害者に謝罪し、再発防止策を講じることだ。もし、それをしないのであれば、冤罪が繰り返され、やがては警察も検察も市民の信頼を失う。


(2024/1/12記)


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