☆ 刑法改正と死刑制度 ☆

井出薫

 刑の種類はこれまで死刑、懲役、禁固、拘留、罰金、科料、そして付加刑の没収の7種類だった。それが、昨年6月13日成立の刑法改正で、懲役と禁固が廃止され、拘禁刑に統一されることになった。この法改正は同年6月17日に公布され、公布日から3年以内に政令で定める日から施行される。現時点では政令は公布されておらず、施行日は決まっていないが、令和7年6月17日までには施行される。

 改正により、懲役刑で必須とされていた刑務作業は必須でなくなる。懲役刑では受刑者は刑務作業が必要だが、禁固刑では必要ない。しかし実際の判決では大多数が懲役刑であり禁固刑はほとんどない。つまり懲役刑と禁固刑の区分は実務的な意義が乏しかった。改正の背景にはそういう事情もある。

 だが、改正の最大の理由は、現行の刑の在り方が受刑者の更生という観点で不十分であることにある。刑期を終えて社会に復帰した者の再犯率は高く、十分に更生したとは言えないまま刑期を終える者が多い。そこで、改正に伴い更生のための教育プログラムの充実が図られることになっている。更生のために有益であると判断される場合は刑務作業を課すことも可能であり、改正は決して受刑者を甘やかすことにはならない。

 アリストテレスは正義には配分的正義と矯正的正義とがあると述べている。配分的正義とは権利や富を公平に配分することを意味し、矯正的正義は公平な配分が損なわれたとき、それを是正することを意味する。他人の物を盗んだ者は逮捕され盗んだ物の返還が命じられる。これを矯正的正義の例として挙げることができる。だが、窃盗をした者は盗品を返すだけでは許されず窃盗罪で懲役や罰金が課せられる。つまり刑事罰には不正行為をなした者を処罰するという意義がある。処罰は犯罪抑止に寄与する。飲酒運転の罰則が厳しくなったことで飲酒運転による事故は減った。その一方で、刑事罰には犯罪者の更生という重要な目的がある。刑期を終えた者が理性ある大人として社会復帰できるようにすることは極めて重要で、それが犯罪抑止になり社会の安定に繋がる。それゆえ、刑法改正で受刑者の更生が重視されるようになることは意義深く、歓迎したい。

 更生を重視することは、死刑存続の是非に関する議論に一石を投じる。大量殺人や残虐な殺人、児童などの営利誘拐殺人など死刑にされても致し方ないと考えられる犯罪は確かに存在する。矯正的正義という観点から、罪科のない他人の命を奪った者は自らの命で贖うべきという意見もある。だが、死刑を執行しても殺された者が生き返るわけではなく、損なわれた配分の公平性が回復する訳ではない。遺族の気持ちを考慮すべきだという意見にも一理ある。だが、量刑を決める際に被害者や遺族の処罰感情に一定の配慮をすることは認められるとしても、それで量刑を決めるのは不合理と言わなくはならない。親族も友人もいない孤独な者が殺害されたときと、まったく同じ手段で家族がある者が殺害されたときとで量刑が異なるのであれば、不合理で配分的正義に反する。なにより刑事罰の根本的な目的の一つに犯罪者の更生があるとすれば、死刑の存在は正当化されない。死刑と拘禁刑との間に正当化不可能な乖離が生じるからだ。死刑囚には更生の機会が与えられず、拘禁刑の者には更生の機会が与えられる。たとえ無期刑で生涯刑務所から出ることができずとも、受刑者には自分の犯した罪を心から反省し、刑務所内で自主的に作業したり、手記を書き自らの経験を世間に伝え犯罪防止を訴えたりすることで、社会に貢献することができる。だが、死刑囚にはそのような機会はない。今の日本では実務上死刑判決から執行までに時間が掛かることが多いが、法律上は死刑判決が確定したら速やかに執行すべきとあり死刑囚には心から反省し更生する時間はない。

 そもそも死刑判決が下る犯罪と無期刑や有期刑の判決が下る犯罪の境界線は恣意的と言わなくてはならない。殺人被害者が一人の場合は有期刑で、被害者が複数の場合は死刑または無期刑が通例になっているが、それに確たる根拠があるわけではない。死刑廃止に反対する者の多くは「遺族の気持ちを考えろ」という論陣を張ることが多い。しかし家族が殺されても被害者が一人に留まる場合は加害者が死刑になることはほとんどない。殺された家族がただ一人の被害者だろうと、複数の被害者の一人だろうが、家族の立場からすれば変わりはない。だが量刑は異なる。飲酒運転で愛する家族を奪われた者は相手を殺したいくらいの気持ちになるだろうが、危険運転致死傷罪が適用されても懲役20年が上限で死刑にはならない。被害者や遺族の無念、処罰感情は理論的にも実務的にも死刑存続を正当化する論拠にはならない。被害者や遺族の精神的苦痛および経済的苦境の救済は死刑の遂行ではなく社会保障の一環として精神的・経済的ケアの充実により実現することが望ましい。

 依然として、日本では死刑存続を支持する意見が多数を占める。だが世界の潮流は死刑廃止であり、日本国内でも少数に留まっているとはいえ、死刑廃止が世界の潮流であることが知られるようになってきたこともあり、死刑廃止に賛成する者は増える傾向にある。懲役刑と禁固刑の拘禁刑への統一を機に、刑事罰の意義をよく考え、死刑廃止への動きが進むことを期待したい。


(2023/10/8記)


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