☆ 憲法を考える ☆

井出薫

 岸田首相は来秋までの自民党総裁在任中の改憲を目指すと改めて宣言している。改憲の焦点は9条改正と緊急事態条項の新設だ。

 その中でも、9条は長く憲法論議の中心で、その解釈について論争が続いている。しかしながら、現在の護憲派と改憲派はともにその主張に無理がある。かつての護憲派は自衛隊と日米安保は違憲、憲法を守って両者を廃止すべきとの立場を取っていた。そのことの賛否は別にして、9条2項が戦力の保持を禁じているのだから、その主張は分かりやすく論理的にも一貫していた。だが現在は、立憲民主党をはじめとして自衛隊を合憲とする護憲派が多数を占めている。その論拠として13条が引用されることがある。13条には、「すべての国民は、個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については, 公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」とある。この条文を根拠に、国家は自衛の義務がある、そのための組織が自衛隊だという論理を展開し自衛隊を合憲とする。しかし、9条2項を考慮すると、この論理には無理がある。自衛隊は9条2項の戦力には該当しないと言うが、自衛隊の組織と装備を見れば規模的にも、装備の中身をみても、戦力ではないと主張することはできない。そもそも13条は警察権力の合憲性の根拠とはなるが、対外的な戦力を許容するものとは言い難い。9条1項は侵略や武力による威嚇を禁止するもので自衛権を否定するものではない。それゆえ2項の戦力とは侵略や威嚇のための戦力を意味し、自衛のための組織と装備を否定するものではないと解釈する者もいる。だが、1項で侵略と威嚇を明確に禁止しているのだから、ことさら2項に侵略や威嚇のための戦力の不保持と交戦権の否定を追記することに意義はない。2項は、自衛の名の下で侵略や威嚇が行われることを阻止するために設けられたと解釈する方が自然だ。少なくとも憲法が制定された当時はそれを意味していたことは間違いない。それゆえ自衛隊を合憲として、その存続を支持しながら護憲を唱えるのは矛盾している。違憲の存在を容認して護憲を唱えても説得力がない。

 一方、改憲派の主張にも無理がある。現行憲法は、自衛隊や日米安保だけではなく集団的自衛権、さらには敵基地攻撃能力をも容認すると改憲派は主張する。だが、敵基地攻撃能力や集団的自衛権が合憲ならば、9条改正の必要性は乏しくなる。故安倍元首相は「いまだに自衛隊を違憲だという憲法学者がいる。そういう状況を変える必要がある」と主張していた。だが、この論理は合理性を欠く。そもそも安倍元首相は憲法学者や内閣法制局の見解を否定して集団的自衛権合憲論を展開したではないか。首相の決断と国会での承認があれば、憲法を今のままでも、様々な政策を実現できる。改憲派には命を賭して日本の安全を守っている自衛隊員に敬意を払うために改憲が必要だという者がいる。気持ちは分かるが、こういう情に訴えるような主張は論理性が重要な憲法論議には相応しくない。また、自衛隊の行動が強く制約され自由な行動が出来ないから改憲が必要という議論もあるが、9条1項、2項はそのままで自衛隊を追記するという現行の改憲案では、依然として強い制約が残る。

 このような状況が生まれる背景には、護憲派と改憲派が共通の認識を有しているという事実がある。「国民の多数が自衛隊と日米安保を支持している」、「憲法の理念である非武装中立で日本の領土、領海、領空を守ることは現状では難しい」この2点については、護憲派も改憲派も認識は一致する。だから、護憲派は自衛隊容認論に傾く。改憲派も、これまで解釈論で自衛隊、日米安保、集団的自衛権を合憲としてきた手前、それをいまさらリセットできない。それを主導したのは自民党など改憲派だから尚更だ。だから、9条についても国民が納得できるような形で改正を主張することができない。むしろ、自衛隊と日米安保が違憲である、又は違憲である疑いが強いことを認めて、改憲か自衛隊解体・日米安保解消の二者択一だと国民に判断を求める方が分かりやすく説得力もある。一方、護憲派も、違憲の疑いが強い自衛隊を合憲だと言い包めたうえでの護憲論のため、誤魔化しと批判されることになる。むしろ、かつてのように自衛隊と日米安保は違憲と主張し、政権奪取後は自衛隊の解体・日米安保解消を目指すと主張した方が護憲論として説得力がある。ただし、現状では、このような主張が多くの支持を受ける可能性は低い。だが、それでも分かりやすく説得力ある議論をするには、目先のことを考えるべきではない。

 護憲派も改憲派も憲法解釈に無理があるために、実りある憲法論議ができず、結果的に国民の関心が高まらない。確かにそれもやむを得ない面はある。改憲には衆参両院で3分の2の賛成が必要で敷居が高い。そのため自民党の歴代政権は、現実の諸課題に対して、相当に無理がある憲法解釈を行うことで、自衛隊、日米安保、集団的自衛権を合憲とすることで対処してきた。そして、今また、敵基地攻撃能力を自衛の範囲として合憲と解釈しようとしている。だが、こういう弥縫策はもはや限界で、これ以上、今のやり方を続けると憲法が形骸化しかねない。過去の経緯は経緯として、改憲派は、自衛隊には違憲の疑いが強く、このまま解釈論でその活動の拡大を図ることは困難で、また国際状況の変化で、現状のままでは日本を守ることはできないから改憲するというような分かりやすい議論をする必要がある。また護憲派は原点に立ち返り、自衛隊と日米安保を当面容認するにしても、国内外の情勢を見ながら段階的に両者を解消すると宣言し、護憲に相応しい議論を展開する必要がある。

 いずれにしろ、分かりやすく説得力のある議論を展開し、国民の関心を呼び起こすことが欠かせない。さもないと、空疎な論議、党利党略に引きずられる論議に終始することになり、一般国民の関心は高まらず、一部の(左右双方の)急進的な国民の間の溝を深めることになる。そのことを、護憲、改憲両派とも認識してもらいたい。


(2023/7/3記)


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