☆ 通信自由化30年 ☆

井出薫

 電気通信事業法の施行と電電公社の民営化で、電気通信事業が自由化されてから30年が経過した。いまや通信の世界は「モバイル・インターネット」という言葉で象徴されるようになり、日本、いや世界の通信事情は大きく変貌した。30年前、当時の電気通信の将来像は電話網の発展形として構想された統合サービス・デジタルネットワーク(ISDN)であり、「インターネット」という言葉を知る者はほとんどいなかった。

 自由化の5年前、1980年に電電公社がパケット交換サービスDDX−Pを開始していたが、接続のたびに呼設定を行う非IP型のパケット交換であり、現代のインターネットとは大きく異なる。そしてDDX−Pは花開くことなく、2012年にはサービスが終了している。同じタイプの国際サービスである旧KDDのVENUS−Pも1982年に開始されたが、こちらも2006年にはサービスを終了している。電話とデータを統合したISDNは、電電公社民営化後のNTTが1988年にサービスを開始し、その後の発展が大いに期待されたが、こちらも花開くことなく、インターネットプロトコルであるIP型の新世代ネットワーク(「NGN」)へと取って代わられている。

 携帯電話は90年代から爆発的に普及し、携帯を所有していない者を探すことは自動車免許を持っていない者を探すことよりも難しくなった。しかし、今や、世界共通のことだが、携帯電話は「電話」ではなく携帯型データ端末となっており、電話利用よりも遥かにインターネット利用が多い。その意味で、NTTドコモが、世界に先駆け1999年にインターネット接続サービス(サービス名称「iモード」)を開始したことは大きな歴史的功績で、通信自由化の最大の成果と言ってよい。

 このように、インターネット普及の先駆けであるパソコン通信を含めると、通信自由化の30年はインターネット普及の過程と見事に重なる。通信自由化の歴史的な評価は識者によって分かれるが、自由化がインターネット普及に大きな貢献をしたことは間違いなく、通信自由化が正しい選択であったことは評価しなくてはならない。携帯電話端末では日本固有の仕様の存在が「ガラパゴス化」などと揶揄されるが、インターネット全般で見れば、日本では世界標準が浸透しており、ガラパゴス化などしていない。そもそも表意文字と表音文字が混在する日本語を使う日本人向けの携帯電話端末が日本固有の仕様を持つことは当然で、殊更ガラパゴス化と呼ぶ必要はない。

 なぜISDNではなくインターネットだったのか。科学者のコミュニティで草の根的に育ったインターネットが、世界の通信網と通信機器市場を支配する巨大資本の電気通信事業者が政府の支援を受けて強力に推進したISDNに勝ったことは奇跡に思える。様々な要因が絡み合っており、その理由を答えることは容易ではない。ただインターネットが利用者にとって親しみやすく便利なものであったことは間違いない。そしてこの便利さを演出したのが、90年代初頭に(こちらも草の根的に)開発されたWEB、ブラウザ、検索エンジン、パソコンのGUIだった。グローバルな巨大資本は、市民の手の届かない領域にあるように思える。しかし、そうではないことを、通信自由化の30年は教えている。


(H27/5/10記)


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