☆ 250年後 ☆


 今から250年前の1776年、後世に大きな影響を与えたアダム・スミスの『国富論』が出版された。アダム・スミスは同著で植民地は現地の人々に返し互いに貿易をした方が経済的利益が大きくなると説いた。しかし、その一方で英国など多数の植民地を保有する大国が植民地を放棄する日は来ないだろうと論じている。

 依然として南北の経済格差は大きく、アダム・スミスの理想が完全に実現しているとは言えない。しかし、民族自決権が確立しほとんどの植民地が独立国となったのは紛れもない事実で、その点についてはアダム・スミスの予言は良い方向に外れた。

 さて、では250年後の世界はどうなっているだろうか。戦争やテロ、大国による小国への威嚇などが全面的に消滅し、世界の人々はすべて等しく平和で豊かな生活を送っている。解決すべき課題は残っているが世界の人々が協力して解決に当たっている。もちろん存在価値を失った軍事力はすべて放棄され博物館に僅かばかりの(使用不能にされた)兵器などが陳列されている。二度と繰り返してはならない愚かな時代の教訓として人々はそこから平和と平等、互いの協力が何より大切であることを学ぶ。どうだろう、このような世界になることを多くの者が望んでいるのではないだろうか。

 近頃、こういう考えはお花畑論と嘲笑される。筆者とて、これを10年や20年で実現できるなどとは考えていない。しかし、250年という期間で考えれば実現できる。アダム・スミスが不可能だと考えた民族独立は250年を待たずに実現している。では、私たちは今何を遣るべきなのだろうか。

 まず、お花畑論という批判に屈することなく理想を訴え続け、時間を掛けて人々の理解を得る努力をする必要がある。ジョン・レノン『イマジン』は今でも世界中の多くの人々に愛されている。『イマジン』が唱える世界は正にここで論じている世界に等しい。つまり、人々は現時点では非現実だとしても未来にはそれが実現することを望んでいる。人々が望んでいる以上、いくら非現実に見えても希望はある。

 次に、ただ理想を訴えるだけではなくそこに至るプランを考案する必要がある。250年後までに戦争もテロもなく、一切の兵器が廃棄された平和で全ての人々が等しく豊かで幸福な世界を築くために、実現可能なプランを考案しなくてはならない。もちろん、今すぐに完璧なプランなどができるはずはない。世界情勢は複雑で何が起きるか分からない。だが、幾つかの実現可能と考えられるプランを作ることはできると思う。250年後までに求める世界を実現するために逆算して、200年後までにこれを実現し、そのために150年後までにこれを実現する。さらに100年後までにこれを、50年後までにこれを、とプランを考案していく。もちろん期待通りに事は運ばない、当てが外れることが頻繁に起きる。だから、予定通りにいかない場合も想定して、その場合の対策も考案しておく必要がある。

 これは大変な作業であり、筆者のような老い先短い凡人には到底できることではない。しかし、若い人たちならばできる。近年、近視眼的なリアリズムが幅を利かせ理想を顧みない者が多い。だが、理想を求める気持ちを皆が完全に失うことなど絶対にない。できる範囲で高齢者も協力するから、若者には理想的な世界を実現するためのプラン作りをしてもらいたい。


(2026/7/22記)


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