☆ 火星に行けるか ☆


 火星には運河があり火星人が暮らしていると信じられていた時期があった。火星人の地球侵略を描いたウェルズのSFが大人気を博したこともある。火星はいつの時代にも人類の憧れの的、わくわくさせる存在だった。だから、火星への有人飛行は人類最大の夢の一つで、その日は近いと語る者が増えている。

 無人探索の結果、火星人はもちろん火星の表面には大型の生物はいないことが分かっている。しかし地下には水が存在すると考えられ、そこに細菌や古細菌に類似した生物が存在する可能性がある。人類が直接火星に行かなくても無人探査機で生物を探すことはできる。しかし、有人飛行で人類が火星に到着し、調査の結果、生物が存在することが判明すれば、歴史的な大発見になる。地球以外にも生物は存在し人類は独りぼっちではない。たとえ微細な微生物だとしても同じ生命体の仲間であることに違いはない。

 火星への有人飛行は斯様に素晴らしい事業なのだ。しかし、果たして人類は火星へ挑戦するほど進歩したと言えるだろうか。科学や技術は進歩した。依然として火星までの飛行時間は最短でも8カ月と長く人類を安全に送り届けまた帰還させることは容易ではない。しかし人類は既存の、又はこれから開発される技術を駆使し、いずれはこの課題を解決することができるようになる。だいぶ先のことになるとは言え、火星は人類の視界に入っており有人飛行の実現可能性は高まっている。問題は人類は地球から外に出るほど道徳的に向上しているかということにある。

 ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻など外交上の対立を武力で解決しようとする動きはなくなっていない。世界各国は自国の権益確保に躍起になっており他国の利益に配慮することはほとんどない。そのため諍いが絶えない。国連は本来紛争の調停を行うべき組織だが、寄せ合い所帯であることと超大国の思惑で動かされることが多く、十分に機能していない。このような有様の人類が火星に到達しても、地球上と同じように領有権争いを起こし、紛争を火星にまで拡大することになりかねない。

 温暖化、プラスチックゴミ、生態系と人類の健康に悪影響を及ぼす化学物質の拡散など多くの環境問題は解決されておらず、むしろ深刻化している課題もある。このまま火星に人類が足を踏み入れると火星は廃棄物で埋まる恐れがある。

 人類は火星に到達するために必要な科学と技術を手に入れた。しかし、火星に行くことが許されるほど道徳的に向上したとは言えない。火星への有人飛行というアドバルーンを上げるのは良いが、このことを忘れないようにする必要がある。




(2025/12/17記)


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