☆ 未来は決まらず ☆


 生まれたときから人の一生は死ぬ時まですべて決まっているという考えがある。最後の審判で天国に行けるか地獄に落ちるかは生まれたときにすでに決まっていると宗教(キリスト教)改革の旗手の一人カルビンは説き、プロテスタントだけではなく資本主義の発展にも影響を与えたと言われている。しかし、量子論によると未来は決まっていない。

 シュレディンガーの猫は実験用のボックスの中で一時間後、50%の確率で生きていて、50%の確率で死んでいる。しかし、現実には生きているか死んでいるかだ。つまり猫の一時間後の未来は決まっていない。それは人間の知恵が足りないからではなく、自然がそのようにできている。量子論の多世界解釈を支持する者によると、宇宙は猫が生きている世界と死んでいる世界に分岐するという。つまり世界は無数にあり、猫が生きている世界はその半数、死んでいる世界もその半数という訳だ。

 このことは猫に限らず人間でも変わらない。知らないうちにシュレディンガーの猫と同じように一時間後には生きている確率xx%、死んでいる確率yy%という状況に置かれている。xxとyyは常に変化しているが、不確実な状態は死ぬまで続く。私たちの未来は決まっておらず、ただ確率的に決まっているに過ぎない。多世界解釈によれば、生まれてすぐに死んでいる世界、10歳で死んでいる世界、50歳で死んでいる世界、120歳まで生きている世界が、それぞれの確率に従って存在していることになる。

 このことから、私たちは自らの意思で未来を選択することができると考えたくなる。しかし残念ながら私たちには選択はできない。翌日死ぬ世界と50年後に死ぬ世界があれば、ほとんどの者は後者を望むだろう。だが私たちは自分の意思でどちらかを選ぶことはできず、結果的にどちらかになる。多世界解釈では、私がどの世界に属することになるかは、私は決めることができない。

 このことは個人に限らず、社会についてもいえる。人類が100年以内に絶滅することもありえるし、10億年後も生存していることもありえる。もちろんその中間が無数にある。どれになるかは確率的にしか決まらない。多世界解釈が正しければ、すでに人類が絶滅している世界、そもそも人類が誕生せず未だ恐竜が支配している世界、人類がすでに完全な平和と繁栄を手にし戦争は勿論武器すら存在しない世界、などが存在していることになる。世界の人々の多くは一番あとの平和で豊かな世界が到来することを望むだろうが、そうなる保証はない。マルクスは共産主義を歴史の必然と論じたが、それはマルクスの希望に過ぎず未来がどうなるか分からない。そして人間の手で選択することもできない。

 未来が決まっていないことは人々に希望を与えるかもしれない。だが私たちにはどの選択肢が選ばれるか分からないし決められないことを考えると、やはり落胆せざるを得ない。


(2025/11/27記)


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