☆ 池田大作氏とその時代 ☆


 創価学会のカリスマ的指導者、池田大作氏が11月15日亡くなった。95歳。ご冥福をお祈りする。

 正直言えば、個人的には、池田大作氏にも創価学会にもあまり良い印象はない。近年こそ影を潜めたが、かつてはその強引な勧誘が社会的な問題ともなった。筆者のような唯物論的思想に近い立場をとる者にとっては、ある意味必然的なのだが、日蓮宗の流れを汲むその思想には共感できなかった。それもあってか、池田大作氏には崇拝者が多かった分、批判者も多かった。

 だが、確実に言えることは、池田大作氏が戦後を代表する大人物の一人だったということだ。新興宗教団体「創価学会」を8百万とも言われる信者を持つ日本最大の宗教団体に育て、海外にも進出し世界各国に信者を生んだ。学会を母体とする公明党を設立し政界にも絶大なる影響力を及ぼした。前世紀末の小渕政権時の自公連立以来、民主党政権時代の3年を除いて、自民党が安定的に政権を維持してきたのも連立する公明党の力が大きい。好むと好まざるとに関わりなく、戦後日本を語るうえで池田大作氏の存在を無視することはできない。

 池田大作氏の指導の下、創価学会が日本最大の宗教団体に育ったことには大きな教訓がある。敗戦直後の日本は貧しかった。餓死した者もいた。民主と人権の波が米国からもたらされたとはいえ、まだまだ社会の底辺に位置する者たちへの偏見、差別は根強かった。そういう時代、貧しい者たち、蔑まされていた者たちの心を掴もうとして、様々な組織、団体が活動をした。その中心が、創価学会を筆頭とする新興宗教団体と、日本共産党を筆頭とする共産主義者たちだった。そして、より多くの支持を得たのは共産主義ではなく新興宗教だった。共産主義を支持したのは貧しい者よりも、大学教授や学生、ジャーナリスト、評論家、公共機関の労働者、左翼思想やリベラル思想に共感する大企業の社員など、むしろ恵まれた者たちが多かった。

 共産主義者たちは理屈で人々を説得しようとした。だが、それに心動かされた人はさほど多くなかった。特に、本来ならば共産主義の支持者になってもおかしくない貧しい者たち、差別されている者たちに十分に支持されなかった。そういう人々の心を掴んだのが、池田大作氏率いる創価学会など新興宗教だった。

 人は理屈よりも感情、感覚で動く。小難しいマルクスやエンゲルスの理論よりも、信仰による心の平穏と幸福を説く新興宗教の方が苦しむ人々の心を掴む。ある意味、これは当然のことだと思う。いま苦しむ者にとっては、遥か未来の理想の共産主義ではなく、いま、ここで得られる心の平安こそが重要なのだ。左翼のインテリたちは往々にして、こういう者たちを短絡的で知的訓練が足りない者と心の中で見下す。だが、共産主義者たちの主張も、科学的という言葉を多用する割には、合理性に乏しいものが多く、人々を広く説得できるほどの理はなかった。新興宗教団体に惹かれる者を見下す者たちは人間存在の本質が分かっていない。だから支持が広がらない。これからの時代も、左翼、リベラルが人々の心を掴むためには、自分たちの傲慢さを反省し、苦しむ者たちの心に寄り添う必要がある。

 池田大作氏が多数の者たちの心を掴み、多くの信者を獲得したことは紛れもない事実だ。そこには、論理的なものではなかったとしても、おそらく人間存在への深い認識があった。そして、それに基づく実践を遂行し創価学会を大躍進させた。社会が混乱し、人々に不満や不安が広がったとき、何が必要か、どう行動すればよいのか、それを良くも悪くも池田大作氏は後世の者たちに教えている。


(2023/12/2記)


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