☆ 科学の現実 ☆


 「現在のところ、STAP細胞は確認できていない。」と理研が、8月27日、再現実験の中間報告を発表した。それでも小保方氏は「STAP細胞は存在する」と自説を変えておらず11月をめどに実験を続けると宣言している。多くの専門家はSTAP細胞の存在に否定的だが、最終結論は出ていない。

 理研の発表の報道を耳にして、ふと疑問が浮かんだ。素人考えだが、いちいち実験などしなくとも、スーパーコンピュータを使って細胞内の変化をシミュレーションして結論を出すことはできないのか、こういう考えが脳裏を過ぎった。小保方氏が発見したと主張する万能細胞作製方法は実に簡単で、弱酸性液に30分間浸すことで体細胞が万能細胞に変化するというものだ。細胞膜の構造と細胞内の構造はすでに解明されている。細胞膜を境界にして、外部は弱酸性、細胞内はほぼ中性という環境をモデル化して、そこで生起する現象をコンピュータでシミュレーションして、STAP細胞の可能性を評価する、それくらいのことができないのだろうか。確実な結論は導けなくとも、可能性の評価くらいはできてもおかしくない。さらに、コンピュータシミュレーションで、他の方法、たとえば圧力や熱を加える、ごく短時間過酷な環境(真空状態、極低温状態など)に細胞を晒す、など小保方氏とは別の方法でSTAP細胞を作製できないかを評価することも可能ではないだろうか。

 だが、複雑極まりない細胞内の構造と働きを考えるとき、実際はコンピュータシミュレーションでは答えは得られない。だから、実験室で試行錯誤を繰り返すしかない。おそらく、これが現実だろう。科学と言うと、私たちは物理学の基礎原理のような厳密且つ普遍的な法則から、理路整然たる数学的推論を使って現象を導き、実験や観測でそれを実証する、という手続きを思い浮かべる。だが、そのようなことができるのは、ほんの一握りの分野でしかない。138億年前にインフレーションとビックバンで宇宙は誕生したとか、半世紀前に存在が予言されたヒッグス粒子が漸くLHCの実験で発見された、などというニュースを耳にすると、科学の威力は絶大で、何でも説明ができ、何でもできるように感じてしまうが、錯覚に過ぎない。

 事実、精密科学の典型で、自然科学全体の基礎をなす物理学でも、理論から精確な予測や説明ができる分野はごく限られている。絶対温度数十度以上で超電導現象が出現する高温超電導は発見されてから四半世紀が経過したが、理論は完成していない。そのため、どのような物質が高温超電導になるかの予測は困難で、科学研究の不正として良く取り上げられる有機物質による高温超電導の存在が広く信じられた時期もあった。雪の美しい結晶構造も理論から精確に説明することはできない。複雑系などと呼ばれる領域では定量的な予測は困難で定性的にしか説明ができない。それどころか、問題によっては、定性的な説明すらできないこともある。その傾向は、生物学、医学、生理学などの分野になると益々顕著になり、理論とコンピュータシミュレーションの限界が露わになる。こういう分野では、試行錯誤で答えを見つけ出していくしかない。

 現在広く用いられている抗うつ薬は、(理論的なモデルはあるが)なぜその薬が有効なのか、薬が効かない患者では何が問題なのか実はよく分かっていない。抗うつ薬に限らず、精神疾患関係の薬物の多くは、理論的な観点から有効性が確認されている訳ではなく、薬が効くという事実により、有効性が認められているだけの場合が少なくない。

 これは別に非難すべきことではない。他に有効な治療法がない患者を救うためには、副作用が(治療のメリットを帳消しにするほど)大きくなければ、(十分な情報を提供したうえで患者の同意を得て)使用することには大きな意義がある。他の分野でも、理論がなければ、試行錯誤で研究を進めていくことで科学技術は進歩する。

 しかし、理論がないということ、それと関連してコンピュータシミュレーションには限界があることの意味は十分に認識しておく必要がある。科学は不確実で、科学を背景とする技術(医療)には不確実性・危険性が常に付き纏うということをしっかりと認識したうえで、それらを利用しなくてはならない。かつてなされた「日本の原発は絶対安全だ」などという主張は、科学と技術の現実を知らない者の主張に過ぎなかった。ところがそれが真実であると信じて私たちは大いに後悔した。大地震もどこでいつ起きるか、理論やコンピュータシミュレーションで予測することはできない。癌や認知症や精神疾患そのほか多くの疾患の発症メカニズムも危険因子も良く分かっていない。研究者たちは、試行錯誤で研究を進めている。そしてその成果はしばしば後で否定される。科学と言っても、所詮、人間の営みの一部に過ぎず、(数学などを除くと)常に不確実で、部分的かつ一時的に認められた真理に過ぎない。しかし、それが科学と技術の現実であり、スーパーコンピュータの性能が今の100万倍に向上しても、おそらく、この状況はさほど変わらない。

 STAP細胞はスキャンダルに属する事件に過ぎなかったかもしれない。しかしSTAP細胞を機に、人々が科学と技術の現実、そしてその限界を認識することができたならば、それはそれなりに有意義な出来事だったと言えるだろう。


(H26/8/31記)


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