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井出 薫
様相論理という論理がある。真と偽からなる論理に、必然的な真と真であり得る真とを加えた論理だ。様相論理では「Aは必然的に真である」、「Aは現実的に真である」、「Aは真でありえる」、「Aは偽である」という4つの真理値がある。 様相論理は決して不自然な論理ではない。命題「本能寺の変で明智光秀は織田信長を討ち取った」は真であるが必然的な真とは言い難い。織田信長が明智の動きを察していたら明智の企ては失敗に終わっただろう。また、明智光秀が考えを変えた可能性もある。この命題は必然的な真ではなく現実的な真と評価する方が自然だ。また命題「本能寺の変で明智光秀は織田信長討伐に失敗した」は偽であるが、織田信長が明智の企てを察していれば真となった可能性がある。 このように様相論理は多くの場面で現実を適切に表現していると言える。そして、様相論理を基礎づけるのに役立つのが可能世界だ。可能世界とは現実世界とは異なるが、現実世界とよく似ており、ありえる世界のことを意味する。もちろん、何でもありとすると、どんな世界も可能となる。それでは学的な議論の土台としては不適切となる。そこで、一般的に、どの可能世界も物理法則は同じと仮定される。明智による織田信長討伐が失敗したとしても、物理法則に反することはない。だから、失敗した世界を可能世界の一つにすることができる。可能世界を導入すると、必然的な真や可能的な真を明確に定義することができる。必然的とはすべての可能世界で真であることを意味し、可能的とは真となる可能世界が存在することを意味する。物理法則は全ての可能世界で等しいので必然的な真となる。ただし、ここで述べる物理法則とは完全無欠であらゆることを説明できる究極的な物理法則を意味している。現時点で正しいと信じられている物理法則は必然的ではなく現実的な真、または可能的な真、または偽である可能性がある。 可能世界論は、歴史学、倫理学や法学、哲学などで応用されている。例えば、倫理学や法学では犯罪者Aが罪を犯さない可能世界が存在するかどうかを議論することがある。Aが脳に重い障害を負い自分の行動を制御できなくなったとするとAが犯罪を思い止まることは不可能だと判断される。それはAは物理法則に従い犯罪を遂行したと解釈することに繋がる。物理法則はすべての可能世界で共通だからAが犯罪行為を遂行しない可能世界は存在しない。そこからAに刑罰を与えることは不適切という帰結が生じる。心神喪失者は罰しないという規範はこのような観点から正当化することができる。 可能世界論は、人間の認識と実践がモデル・道具の生成と活用を通じたものであることを例証する事例と考えることができる。可能世界を考えることができるのは、私たちの認識がモデル・道具であり対象と解消できない差異があるからだ。解消できない差異があるから可能世界という現実とは異なる世界を考案することができる。 ここからただちにモデル・道具論の正当性が帰結する訳ではない。しかし、可能世界論が多くの領域で有益であることはモデル・道具論の妥当性を強く示唆する。可能世界を導入していない分野でも、可能世界論が有益な領域を拡張していくことで可能世界を有益な手法として活用することが可能と考えられるからだ。 了
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