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井出 薫
数学は物理学や生物学のように自然界に実在する対象そのものを論じる学ではない。現実の宇宙は特定の曲率をもった世界だが、数学世界では論理的な矛盾さえなければ、如何なる曲率をも持ち得る。私たちの時空は現在4次元時空で、ごく初期の宇宙では(超弦理論によると)10次元あるいは11次元だとされる。しかし、数学では任意の次元を考えることができる。自然数ではない次元すら存在しうる。それゆえ数学の正しさは物理学や生物学とは異なり、現実と比較対照することで定めることはできない。数学の真偽は現実との対比ではなく論理的整合性で決まる。そこから、数学を論理学の規則の拡張として捉える立場が生じる。また前期ウィトゲンシュタインの著作『論考』の影響を受けた論理実証主義者は数学を規則の集積体、トートロジーと解釈した。しかし、数学を単なる論理学、トートロジーの世界と解釈することには無理がある。数学の源泉は現実世界にあり、また現実世界を抽象化することで初めて数学が機能する。 数学は物理学や生物学、そして日常生活、社会経済活動などのモデル・道具を対象として、特にその操作(生成、拡張、改変など)に関するモデル・道具と考える必要がある。惑星の動きを観測することで惑星の位置と時刻の関係を示すモデル・道具を生成することができる。しかし、それだけでは惑星の動きを正確に説明し未来を予測することはできない。そこでこの原初的なモデル・道具を操作してケプラーの法則というモデル・道具を生成することが必要となる。さらには、ケプラーの法則やその他さまざまなモデル・道具を操作し万有引力を含む古典力学というモデル・道具を生成することができる。このように包括的かつ抽象的なモデル・道具を生成するために、個別・具体的なモデル・道具を如何に操作すればよいのかという課題で威力を発揮するのが数学だ。数学とはモデル・道具の操作のためのモデル・道具と言ってもよい。そして、数学的操作の対象となるモデル・道具は自然現象のそれに限られない。たとえば商取引などの具体的な経済活動のモデル・道具から抽象的な需要供給関数のモデル・道具が導き出され、そこでも数学が活用される。そもそも数という概念=モデル・道具が交換という社会的行為から生まれたと言える。 さらに、数学というモデル・道具自体を対象とするモデル・道具を考えることができる。数学の発展の歴史を振り返るとそれが良く分かる。四則演算というモデル・道具を対象として、そのモデル・道具を操作し、抽象的かつ包括的な体系をなすモデル・道具を生成するという試みから群環体を核とする現代代数学が誕生した。現代的な解析学、幾何学、基礎論・圏論なども、先行する数学のモデル・道具の操作による抽象的・包括的モデル・道具の生成と解釈できる。数学はこれからも、より高度な抽象的包括的モデル・道具へと発展していく。そして、ここで重要なことがモデル・道具間での無矛盾性であり、無矛盾なモデル・道具のみが数学的に正当化される。なぜなら矛盾したモデル・道具では、偽のモデル・道具が導かれることがあるからだ。そして、ここに数学の本質がある。 了
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